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2012-03-09 (Fri)
2011年3月11日、東日本で大地震が発生した時
私はアメリカ東部に住んでおり、わずか9日後に本帰国を控えていた時でもありました。

地震発生は、現地時刻では真夜中のこと。
朝5時半頃目を覚ました私は、お弁当と朝食の支度のためにキッチンへ向かう途中で
先に起きてネットのニュースを見ていた夫から
「日本で大きな地震があったようだ」と聞かされました。

えっ!と驚き、すぐにパソコンを覗き込むと、大まかな震度等の情報が目に入りました。
とりあえず実家や自宅のある地域は、それほど揺れは大きくなかったことを確認し、
電話でも両親の無事が確認できたので、いつもどおり朝の仕事に取りかかりました。

詳しいことはその時はまだ分かりませんでしたが、
習い事で会った日本人の友人達と家族の無事を確認し合い、情報交換し合いました。
その時点で家族とまだ連絡が取れないという方もいました。

夜になる頃には、ネットに津波の映像がたくさん上がってきていました。
アメリカのテレビでも、トップニュースとして
映像とともに何度も大々的に報道されました。
それらを見て初めて被害の甚大さを知り、愕然となりました。

日本のテレビ番組を放映する「テレビジャパン」は、私達は契約していませんでしたが、
震災後はしばらく全ての人が見られるように配慮がなされました。
そこで一日中流れる惨状には、胸が詰まる思いでした。

ここにいて何もできない自分の無力さ、
こんな時に送別会などで遊んでいていいのだろうかという複雑な思い、
こんな時に帰国して、スムーズに生活を
軌道に乗せることができるのだろうかという不安、
そもそも無事帰り着くことができるのだろうか・・・などなど、
様々な思いが交錯しました。

実家や自宅は大きな被害は免れたものの、計画停電区域に入っており、
母に様子を聞くと、本当にお店には何もないので
懐中電灯や乾電池、非常食になるものはアメリカで買って来た方が良いと言われました。
ただでさえ忙しい帰国準備のさなか、
混乱しながらも言われたとおり買い集め、荷物に詰めました。

そんな中、近くのハイスクールの日本人生徒達からは
義援金を送るための物品販売をするとの呼びかけがあり、
NYの街中では、駐在・留学等の在米邦人と思われる若い方たちが
支援を募るイベントを開いていました。

帰国間際の私はこうした活動に関わることはできませんでしたが、
そのような姿を見てとても頼もしいものを感じ、同じ日本人として誇りに思いました。

現地の方々も大変心配してくださり、
交流のあった方からは、すぐに心配と気遣いのメールをいただきました。
面識のある方も、初対面のお店のレジの方なども、私が日本人だと知ると
「あなたの家族は大丈夫?」「私達にできることがあったら何でもするから」
などと声をかけてくださいました。

遠い異国で多くの方が、日本を気にかけ、何か手助けをしたいと
考えてくださっていることを、強く感じました。
この時の温かい心遣いの数々は、ずっと忘れられないと思います。

帰国後は、やはり停電等の影響で
テレビやインターネットの環境が整うまでに時間がかかり、
震災直後の数週間を十分な情報を得られないまま過ごすことになりました。
そのため、今になって一年を迎えるにあたっての特番等を見て
初めて知ることもあります。

知ること、感じること、実行すること・・・
一日も早い復興を祈りながら、自分にできることを精一杯し続けたいと思います。


最後まで読んでくださってありがとうございました。

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